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神戸地方裁判所伊丹支部 昭和59年(ワ)237号 判決

原告

林裕子

右訴訟代理人弁護士

仲松孝

被告

中島芳四郎

右訴訟代理人弁護士

神垣守

岡田丈二

主文

一  被告は原告に対し、五〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、一六〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年二月中旬ころ、被告が経営する美容院「ナカジマ」において、いわゆる「ストレートパーマ」を依頼しその実施を受けたところ、毛髪の大部分が根元付近から直角様に屈曲し、かつ光沢を失ない、しかもその多くが次第に右屈曲部分から折れて脱落するという著しい損傷を与えられた。

2  同パーマの実施は、被告従業員の一人(女性、氏名不詳)が担当したものであるが、右毛髪損傷は、明らかに同従業員の業務遂行上の過失に基くものである。

すなわち、「ストレートパーマ」とは、縮毛やパーマ等により波状になつた毛髪を矯正するため、プラスチックや発泡スチロール板上に毛髪を真直ぐに伸ばし、これをパーマ液で固定するという方法によるものであるが、当然のことながら、同パーマの実施者には、これを受ける者の毛髪に対する損傷を防止すべき注意義務がある。しかるに、右被告従業員は、被告の被用者としての業務を遂行するに際し、不注意にも、毛髪の根元付近までをもパーマ液に浸したため、同パーマ用の板の角部分によつて毛髪が屈曲してしまい、洗髪、ブラッシング等のたびごとにその部分から毛髪が折れ脱落するという結果を招くとともに、同パーマ液の濃度調整を誤るという不注意によつて毛髪の光沢をも失わしめたものである。

3  本件毛髪損傷による原告の損害は、次のとおりである。

(一) 本件損傷によつて、原告の毛髪は、僅かな外力によつても脱毛を生じ、かつ好む髪型へのセットができない状態にあり、この状態は、現在の約四〇センチメートルの長さの毛髪が完全に伸び切るまでの約四〇か月間継続することになる。他方、原告は、現在二一才の若い女性であり、その業務は客から美容相談を受ける化粧品販売員である。

この結果、原告は、個人生活上および職業上、約三年の長期にわたり、「女性の命」とまで言われる毛髪について著しい恥ずかしさと不快感を強れられるとともに、洗髪、整髪に際し細心の注意と多大の労力を要するという極めて大きな苦痛を受けた。かかる原告の精神的苦痛を慰藉するには、金一五〇万円を相当とする。

(二) 本件損傷にかかる毛髪を、少しでも洗髪、整髪しやすくするためには、原告が通常使用するものより、より良質かつ高価な洗髪、整髪料(シャンプー、リンス、トリートメント、ブローローション、ヘアスプレー等)が必要である。

かかる洗髪、整髪料を前述のごとく約四〇か月間にわたり使用するには、原告がこれまで使用していたものより、少くとも金一〇万円の費用が余分に必要となる。

4  よつて、原告は被告に対し、民法七〇九条および同法七一五条一項に基き、右合計金一六〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年一〇月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告がその主張のころ被告が経営する美容院「ナカジマ」において「ストレートパーマ」を依頼しその実施を受けたこと及びその結果原告の毛髪生際部から頭頂部に向つてパートライン(毛髪を左右に分けたときの分け目の線)の両脇が部分的に根元付近から屈曲しその屈曲した毛髪が部分的に折れて脱落したことは認めるが、その余は争う。

2  同2の事実中、被告従業員が同パーマの実施に際し毛髪の一部の根元付近までパーマ液に浸したという過失のあつたこと及び「ストレートパーマ」が原告主張のとおりのものであることは認める。但し、同パーマの実施は被告従業員三名が協同して担当したものであり、パーマ液の濃度調整を誤つて毛髪の光沢を失わしめたことは否認する。

3  同3の(一)の事実中、原告の毛髪が本件事故当初好む髪型へのセットができない状態にあつたこと及び原告が若い女性であることは認めるが、原告が化粧品販売員であることは知らない。その余は争う。

同3の(二)の事実中、本件損傷にかかる毛髪を洗髪、整髪しやすくするためには良質かつ高価な洗髪、整髪料が必要であつたことは認めるが、その余は争う。

4  原告の本件損傷にかかる毛髪は、本件事故後、被告美容院における無料による高級品の洗髪、整髪料を使用した処置及び右洗髪、整髪料の無料持ち帰り提供によつて、おおむねその損傷は回復している。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一事故の発生

1  請求原因1の事実中、原告がその主張のころ被告が経営する美容院「ナカジマ」(以下「被告美容院」という。)において「ストレートパーマ」を依頼しその実施を受けたこと及びその結果少なくとも原告の前額毛髪生際部から頭頂部に向つてパートラインの両脇が部分的に根元付近から屈曲しその屈曲した毛髪が部分的に折れて脱落したこと、同2の事実中、被告従業員が同パーマの実施に際し毛髪の一部の根元付近までパーマ液に浸したという過失のあつたこと及び「ストレートパーマ」が原告主張のとおりのものであることは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、自己の毛髪が弱い癖毛で日々のブロウ(ドライヤーとブラシで毛髪をセットすること))が面倒であるため、右毛髪の癖をとる目的で被告美容院に「ストレートパーマ」を依頼したものである。なお、原告は、それまでに同じ目的で同パーマをかけたことが四回位あり、被告美容院を訪れたのはこのときが初めてであつた。

(二)  被告美容院では、チーフをしていた訴外上松ゆかり「以下「上松」という。)外二名が協同して原告に対する「ストレートパーマ」の実施に当つたが、毛髪をパーマ液に浸してこれをストレートにする作業そのものは、上松が単独でこれを実施した。

(三)  上松は、右作業を実施するに際しては、毛髪の損傷を避けるため毛髪の根元一センチメートル位の部分はパーマ液に浸さないように注意すべきであつたのに、不注意にも毛髪の根元までパーマ液に浸して右作業を実施した。そのため、原告の毛髪は、その根元で直角様に屈曲して「ストレートパーマ」がかかり(そのため、毛髪は、ふくらみを失い、いわゆる「ペッチャンコ」の状態になつた。)。しかも、多くの毛髪が日々の洗髪やブラッシングの度毎に右屈曲部折れて脱落するという著しい損傷(以下「本件損傷」という。)を受けた(この事故を、以下「本件事故」という。)。

(四)  右毛髪の脱落は、右「ストレートパーマ」をかけた二、三日後から少なくとも約一年間にわたつてかなり激しく続いたが、特に強くパーマをかけられた左前額毛髪生際の巾約一センチメートル、長さ約三センチメートルの部分及び毛髪を左右に分ける正中線の前額毛髪生際から後方へ約六センチメートルの部分の両脇巾各一センチメートルの部分の毛髪は、パーマをかけた日から約一か月位の間に、その約七〇パーセントが折れて脱落し、その余の部分(但し、後頭部を除く。)の毛髪も、前記約一年間に、毛髪量の減少が一見明らかな程多量に折れて脱落している。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、原告は、上松はパーマ液の濃度調整を誤つたため原告の毛髪に光沢消失の損傷をも与えた旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿うかの如き部分もあるが、右は証人中島弘子のの証言に照らして措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

二被告の責任

右一説示認定の事実によれば、本件事故は被告の被用者である上松が被告の事業を執行中過失によりこれを惹起したものであるから、被告は、民法七一五条に基づいて、本件事故により生じた原告の後記損害を賠償する責任があるというべきである。

三原告の損害

1  慰藉料

前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、被告美容院で「ストレートパーマ」をかけた毛髪が前記のとおり「ペッチャンコ」の状態で、従来他の美容院で同パーマをかけた時のそれと違つて気に入らなかつたため、二、三日後に被告美容院を訪れ、責任者である被告の妻訴外中島弘子(以下「訴外中島」という。)に対しその旨苦情を述べたが、訴外中島は、「ストレートパーマ」をかければ毛髪がそのような状態になるのは当然であるとして、これに取り合わなかつた。

(二)  原告は、その後、日々の洗髪やブラッシングの度毎に多量の毛髪が脱落するため不審に思つていたが、一か月後位に友人から指摘されて前記左前額毛髪生際部等の毛髪脱落の事実に気づき、そのころ、再び被告美容院を訪れ、訴外中島に対し右事実を指摘して善処を求めた。右事実を確認した訴外中島は、原告に対し、本件損傷にかかる毛髪が回復するまで被告美容院において無料で洗髪、整髪等の処置を行うとともに、原告が自宅で使用する洗髪、整髪料等を無料で提供する旨約束した。

(三)  そこで、原告は、その後昭和五九年六月二八日までの間に五、六回被告美容院に通い、その都度無料で洗髪、整髪等の処置を受けるとともに、洗髪、整髪料の無料提供を受けた。。ところが、同日、原告は他の美容院で毛髪のカットをしてきていたが、これを見た訴外中島が原告に対し「そんなことは私のところに任せて欲しい。」等と苦情をいい、これに対し、原告が「どこの店でカットしようと私の勝手でしよ。」等と応じたことから、遂には、訴外中島が、立腹の余り、「あんた、なめんのもええかげんにしいや。」等と激しく原告を詰るに至つた。このようなことがあつたため、爾来、原告は被告美容院に通うことをやめてしまつた。

(四)  原告の毛髪は、本件損傷のため日々の洗髪や整髪に細心の注意と多大の労力を要するばかりでなく、好む髪型へのセットができない状態にある(原告の毛髪が本件事故当初好む髪型へのセットができない状態にあつたことは当事者間に争いがない。)。そして、このような原告の毛髪が完全に回復するまでには、本件事故後に新しく伸び出た健全な毛髪が現在の原告の毛髪の長さである約四〇センチメートルに達するまでの約三年間を要するものと考えられる。

(五)  原告は、昭和三八年三月八日生れの若い女性で(原告が若い女性であることは当事者間に争いがない。)、客から美容相談を受けることも多い化粧品販売員をしているが、「女性の命」とまでいわれる毛髪に本件損傷を受けたため、個人生活上及び職業上前記約三年の長期間にわたり著しい恥しさと不快感を強いられることになつた。

(六)  原告は、昭和五九年八月ころ、原告訴訟代理人を通じて被告に対し本件事故による損害の賠償を求めたが、被告から誠意ある回答がえられなかつた。そこで、原告は、やむなく原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任したが、このため、相当額の弁護士費用の負担を余儀なくされた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌すれば、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては四〇万円が相当である。

2  洗髪、整髪料の出費増加による損害

請求原因3の(二)の事実中、本件損傷にかかる毛髪を洗髪、整髪しやすくするためには良質かつ高価な洗髪、整髪料が必要であつたことは当事者間に争いがなく、右事実に〈証拠〉を総合すれば同3の(二)のその余の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四結論

以上によれば、原告の請求は、被告に対し前記三の1、2の損害金の合計五〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年一〇月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

よつて、原告の請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官松尾政行)

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